唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし26』  
“銭糞をたれる馬”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、銭糞(ぜにぐそ)をたれる馬の話ば、しゅうだい
 裏町のかんねは貧乏で、おまけに怠け者ときているので、三度三度の食事も欠くほどでした。
 家にあるものといったら、鍋釜を除いたらせんべい布団ぐらいで、家の中はすっからかんでした。
 それでも、馬小屋に馬を1頭飼っておりましたが、この馬は餌は2頭分も食べるのに、痩せて骨と皮が目立つので、口の悪い村の子供たちは
「かんねどんの痩せ馬。かんねどんの痩せ馬」とはやし立てて面白がっておりました。

 忙しい田植えも済み、村の人たちが一息ついた頃になると、かんねの家の米びつはすっかり空になり、晩飯はどうしようかと思案しております。
 そのとき、朝からろくに飼葉をもらっていない馬が「ヒヒ〜ン」と啼きました。
「そうだそうだ。あん馬ば売るしかなか」
そう決意して馬小屋に行ってみますが、あまりにも痩せ過ぎ、普通では誰も買ってくれそうにありません。
 しばらく考えていたかんねは、膝をパシッと打って、にっこりしてつぶやきました。
「よし!ひと工夫せんこて。これなら和多田の欲張り伯父も話に乗るばい」
現在の唐津市和多田

 翌日になりました。かんねは痩せ馬を曳いて和多田の伯父さんの家にやってきました。
「伯父さん、おるや?」
と、声をかけました。
 かんねは貧乏ですが、伯父さんは和多田村一番の金持です。しかも、出すものは舌も出さないというケチンボときておりました。
 だから、血を分けた伯父と甥の間柄であっても、決してかんねを助けてはくれませんでした。
 やむを得ず借金を頼むと、町の高利貸以上の利子を取るほどでした。ですから、かんねの声を聞いただけでいやな顔をします。
「何の話で来たか?銭の話なら断るぞ」
そうくると思ったかんねは
「伯父さんが怒るのは無理もなか。去年借りた銭の利子も払うとらんけん、今日は今までの不義理ば晴らそうと思うて来たつばい」
「また、よかごて言うて。俺を騙そうとしてももう騙されんぞ。お前のような怠け者には用はなか。早う帰れ」
と、けんもほろろに怒鳴りたてました。
しかし、ここが我慢のしどころと考えておりますから、かんねはにこにこしながら
「そう怒らずに俺の話ば聞いてくれんけ。今日は借金の話じゃなか。俺もどうやら運の向いて大金持になるかも知れん。嬉しゅうしてたまらん。伯父さんにも喜んでもらおうと思って来たったい」
金持の話と聞いて伯父さんは急に機嫌がよくなりました。
「運の向いてきたというとはこの馬たい。どうにもこうにもならん痩せ馬で、何度か売ろうと思うたばってん、長い間飼うとると、可愛ゆうなって手放しもできずに昨日まできました。
 しかし、食べる米も手に入らんようになれば、馬を飼うどころじゃなくなり、馬を売ろうと決めて、昨日の夕方馬小屋に行ってみたったい。そしたら、びっくりしました。馬が銭の糞ばたれとるじゃなかな」
「馬鹿もんが、馬が銭の糞ばたれるはずはなか」
「そうですたい。俺も狐に化かされとるとじゃなかかと思って、眼をこすりこすりして念入りに糞ば調べてみた。確かに銭が混じってましたよ。また、いっぺんじゃ信用ならんけん、今朝も調べてみました。確かに銭が混じっていました。そこで、これはきっと日ごろ信心する大石天満宮様のご利益だろうと思って、早速お礼参りを済ませて、その足で伯父さんの所に来たわけたい」
「お前はホラ吹きの上手かけん信用ならん」
そう言いながらも、伯父さんは体を乗り出して、かんねの顔と馬の尻とを見比べ始めました。

 こん馬ば持っとれば俺は金持になれますばい。そうなれば伯父さんに借りていた借金も返せます。今までの不義理を許してもらおうと思って、こん馬ば連れて来たわけですたい」
「馬ば見たぐらいじゃ信用せん」
と、伯父さんは半信半疑です。
「そうだろうと思って馬ば連れて来ました。実際に銭をたれるところば見てくれんけ」
そう言いながら、かんねは馬の尻の方へ廻り
「早う銭糞ばたれろ!!」
と、思いっきり馬の尻をたたきました。馬はその痛さに驚き、ヒヒ〜ンと啼いて飛び上がり、その拍子に糞をポロポロと落としました。
 かんねは早速その糞をザルに入れて門口の小川で洗いました。すると、天保銭や一分銀が5、6枚もありました。
 これを見た伯父さんは、見る見るうちに真剣な顔になって、
「確かにこの馬は銭ばたれた。そこで、ものは相談だが、こん馬ば俺に売ってくれんか」
と、言い出しました。かんねは腹の中では「しめた!」と思いましたが、顔には出さず
「売るなんて、とんでもなか。こん馬ば持っとれば一生寝て暮らせますばい」
と、もったいぶって言いました。すると伯父さんは、ますますこの馬がほしくてなりません。
「お前のような怠け者じゃ、とても馬の世話はでけん。高う買うけん譲ってくれ」
それでもかんねは「ここが駆け引きのしどころ」と思っていますので、なかなか首を縦に振りませんでした。
 伯父さんはこの馬で銭儲けをしようと思っておりますので、段々値段を上げますが、それでも、かんねはいい返事をしませんでした。
「よか、そんならお前の言う値段で買う。いくらならよかか」
「伯父さんのそこまで言わすとなら仕方なか。まけて200両」
「200両? いくらよか馬でん5両ぞ。そんなに高か馬は聞いたことはなか」
と、伯父さんは驚いてしまいました。
「そんなら、売りませんばい」
かんねは、すぐにでも馬を曳いて帰ろうとしました。伯父さんはどうしても馬がほしくてなりません。高いとは思いましたが、かんねの言うままに200両で馬を買い取りました。
現在の大石天満宮

 翌日になりました。伯父さんは、今日から馬が糞をたれるたびに銭が出てくると思うと嬉しくてたまりません。早起きして馬小屋に行ってみました。
「早う糞ばたれろ。銭糞ば沢山たれろ」
と、大声を出して、馬が糞をたれるのを待っていました。
 馬は、ポカポカ湯気の立つ糞をたれました。伯父さんは早速その糞を素手でつかみ、銭が混じっているかを確かめました。
 しかし、糞の中で手応えがあるのは藁くずばかりで、銭のかけらもありません。。わざわざザルに入れて水洗いをしてみましたが、やっぱり銭は見当たりません。
 藁ばっかり喰わせたから駄目だったのかと思い、オカラを買って食べさせましたが、銭は一つも出てきませんでした。
 頭の回転の鈍い伯父さんも、かんねに騙されたことに気づき
「かんねの奴、また俺を騙した!」
と、怒りましたが、かんねは姿を見せませんので、どうしようもありません。
 かんねは、伯父さんの家に行く前に、有り金全部を馬の尻に押し込んでいたので、その銭を出してしまえば、後は藁くずばかりであることは、誰にでも気のつくことなのに、伯父さんは欲張って銭儲けをしようとして損をしたわけです。
 後で、この理屈のわかった伯父さんは
「かんねの奴、ただじゃおかんぞ!!」
と、いきり立ちましたそうな。  

         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2003.12.15  

 

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