唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし27』  
“半剃りの和尚”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、和尚様ば半剃りにさした話ば、しゅうだい
 今日は二十日えびすさまで、唐津の町は出店がたくさん出て賑やかでした。大石村の若者たちは百姓仕事は暇だし、5、6人誘い合って町中に遊びに来ておりました。
 芝居を見て、出店を一軒一軒覗き込んでおりましたが、たいていのものは見尽くしてしまい、どうして遊んでよいか分からず、自然と大手口のあたりに集まって、ぼんやりしておりました。
「見るもんは見てしもうた。ほかに面白かもんはなかろうか」
「そうなァ、あんまり悪かこともされんし、暇は十分にあるし、困ったもんな」
と、お互いに顔を見合わせておりますと、そこへかんねがやって来ました。
「またいやな奴が来た。かんねに出会うとろくなことはなか」
若者はかんねから度々騙されたり、恥をかかされておりますので、かんねと会うことを好きません。
 貧乏で銭を持たぬかんねですが、祭りは好きでかならず町へ出かけます。そして、必ずと言ってよいくらい、遊びの方法を見つけて祭りを楽しむのでした。

現在の近松寺
「こりゃ、よか獲物が見つかった」
と、頭にピンとくるものがありましたが、顔には出さず、すばやく声をかけました。
「お前たちは何ばしとる?銭なしじゃ、ろくな遊びは出来まい。退屈で困っとろう?」
と、若者たちを冷やかし始めました。若者たちは腹を立て
「かんね、お前が銭を出すわけでもないし、いらんお節介だ」
と、言い返します。かんねも負けてはおりません。
「お前たちは銭なしじゃ、ろくな遊びは出来まい。俺ぐらい頭が良ければ、銭なしでも面白く遊べるもんじゃ。お前たちには出来まいもん」
すると若者たちは
「面白か話んあるとなら教えてくれんけ」
と、催促します。しかし、そこがかんねです。相手をじらすように間をおいて、しかももったいぶって
「ただじゃ教えられん。酒一升賭けるなら教えてんよか」
 若者たちは、かんねから、たびたび賭けを持ちかけられ、その度にうまいとこかんねにやられておりますので、賭けという話になると用心します。
「また酒一升や、お前には面白かろうばってん、俺たちゃ面白うなか。そんな話に賭けられるもんか」
「そんなら教えるわけにはいかん」
そう言ってその場を通り抜けようとしました。そうつれなく言われると、気になるものです。若者はかんねを止めて、
「よし、賭けよう、話ばせんな」
「そんなら教えよう。よかな、半刻もすれば近松寺(きんしょうじ)の和尚が頭を半剃りにして、ここへ走って来らす」
この話を聞いた若者たちは
「そんな馬鹿な話があるはずはなか。近松寺の和尚様といえば、唐津で一番偉いお坊様じゃ。殿様でん頭ば下げらすという話しばい。町へお出でのときは立派な衣ば着てこらす。そぎゃん半気違いのごたることばなさるはずはなか」
「そやんか話なら、絶対に俺たちの勝ちたい。かんね賭けは間違いなかな」
「間違いなか。よかな、半刻ばかりここで待っとくとよか」
かんねは、そう言って近松寺の方へ行ってしまいました。
 若者たちは、この賭けなら必ず勝てる。酒一升飲めるのは間違いないと思いましたので、その場で待つことにしました。

 近松寺は西寺町にある禅宗のお寺で、殿様の墓もある格式の高い寺です。
 和尚様も位が高く、いつもきちんとして、どんなことがあっても、慌てたり、だらしのないことは決してしない方でした。
 寺に居てもそうですから、町に出られたらなお一層きちんとしていました。

 さて、かんねは近松寺に行き、庫裏(くり)に入り
「こんにちは、裏町のかんねでございます。和尚様はおいでですか」
と、かんねには似合わぬ丁寧な声を出しました。すると和尚様が直々に玄関に出て
「おお、誰かと思うたらかんねか。いま、暇で困っとる。丁度良いところへ来た。さあ、上がって遊んで行きなされ」
と、かんねを喜んで迎えてくれました。かんねは、ときどき近松寺に来て面白い話をして笑わせますので、和尚様もお気に入りでした。
 早速庫裏の座敷に案内して、お茶とお菓子を出して、かんねを歓待しました。
「この菓子は松露饅頭(しょうろまんじゅう)と言ってな、この頃本町の大原饅頭屋で創り出したばかりのものだ。味が良かけん食べてみんか」
と、菓子の説明までして歓めました。かんねも遠慮せずにパクパクと食べ
松露饅頭
「ときに和尚様、今日は小僧さんは留守のようですが、どうされました」
と、尋ねました。
「うん、急に用事が出来て朝から出かけとる。頭の毛が伸びたので剃ろうと思っとるが、ちぃっと困っとるよ」
と、和尚様が愚痴をこぼしました。すると、かんねはにっこりと微笑を浮かべ、
「こりゃ、丁度よか案配になってきた」
と、胸の中では思いましたが、それは伏せておいて
「そりゃ、お困りでしょう。よかったら俺が剃りましょうか」
と、言いました。和尚様はすっかり喜んで
「ほんに、ほんに、剃ってくれるね。有難いことよ」
と、頭剃りを頼みました。

 かんねは和尚様の後ろに回って、早速頭を剃り始めました。
 和尚様は気持ちよさそうに半眼になって、うつらうつらしております。
半分ほど剃った時です。かんねは急に剃ることをやめ
「ああ痛、ああいたた」
と、うめき声を上げ、手で腹を押さえて苦しみ出しました。和尚様はかんねのうめき声にびっくりして
「どうしたとね」
と、尋ねました。かんねは両手で腹を押さえながら、苦しそうに
「俺にゃ、持病のあるとたい。ちょくちょく腹が痛みます。今日はえびすさまのご馳走ば食べ過ぎたごたる。ああ痛か。ああいたた」
と、言葉も途切れ途切れに返事をします。和尚様はますます慌てて
「そりゃ困った。寺には腹痛止めの薬は切れとる。どうしよう」
と、困り果てています。かんねはますます苦しそうな振りをして
「ああ痛か。もう死にそう。和尚様すみませんが、中町の薬屋に俺に効く薬がありますけん、買うて来て下され」
と、頼みました。和尚様はその気になり
「よし、辛抱しておれ。わしがひとっ走り買って来るからな」
そう言うより早く寺を飛び出しました。日頃はとりすましてゆっくり歩く和尚様ですが、このときだけは慌てておられたからでしょう、頭が半剃りになっていることも、着物が普段着であることもすっかり忘れ、そのうえ草履も履かずに町中を懸命に走って行きました。
現在の大原松露饅頭本舗
 それを見た町の人々も、大手口で和尚様の姿を見ようと待ち受けている、大石村の若者たちも驚いていました。
「こりゃ、何事だろうか。近松寺の和尚様が慌てて走って来らす」
「ありゃ、頭は半剃りばい」
「おまけに足ははだしじゃなかな。どうした訳じゃろうか」
 町は大騒動です。大石村の若者たちは、かんねが言った通りになったので、またまたびっくりです。
「どうしてかんねは和尚様のことを言い当てたじゃろうか」
と、感心しておりました。

 かんねは和尚様が買って来られた薬を飲んで、すっかり腹痛が治ったようにして、大手口に引き返してきました。そして若者たちに向かって
「お前たち、間違いなく半剃り和尚様を見たろう」
と、大いばりで言いました。若者たちもこの時だけは二の句がつげず
「見た。見た。確かに和尚様は半剃りじゃった。これで賭けは俺たちの負けたい。それはそうと、どうして半剃りのことば知っとったか教えんけ」
と、尋ねましたが、かんねはもったいぶって
「そいつは言わぬが花。内緒内緒。それでも聞きたければ、もう一升出すけ?」
と、言いますので、若者たちは
「もうよか。お前と賭けるとろくなことはなか」
と、わけを聞くことはあきらめました。かんねは若者たちから酒一升を受け取り、我が家に帰って飲みましたとさ。  

         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2004.1.14  

 

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