唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし19』  
“仁田ん四郎忠常”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、近所の嫁と姑の喧嘩の仲直りをさせらした話ば、しゅうだい
 かんねの家の三軒先に荒物屋がありましたが、そこの息子に嫁さんが来ました。
 この荒物屋のお母さんという人は、気が強い人ですが、嫁さんの方も負けず劣らず我が強い方でした。
 そのうち子供が生まれましたが、それがとても可愛い男の子でしたので、荒物屋ではとても喜んでおりました。
 唐津のあたりでは、男の子が生まれると、その家では初節句といって、5月の節句には、大きなのぼりを庭先に立てて祝うことになっていました。
 明日は節句という日の前の晩、荒物屋の息子が かんねの家に飛び込んできました。
「かんねどん、おりますか。大事件の起きたばってん、俺ん力じゃどうしようもなか。かんねどんの知恵ば借ろうと思ってやって来た。どうか教えてくれんかい」
「大事件とは何かい。心配事のようだが、話ば聞いてみにゃァ何のことか見当もつかん。落ち付いて話してみんかい」と、かんねが言いました。
「どうもこうもならんことですたい」と、荒物屋の息子は困り果てた様子で
「息子が出来た初節句というので、のぼりを出してみたら、お母さんは『こののぼりは源義経ばい』と言うし、嫁は『源為朝』と言ってお互いに譲らず、とうとう喧嘩になって、あげくの果てには『家の大将のお前がどっちかに決めろ』と俺に言いよるじゃなかな。俺はどちらでもよかと思うとるばってん、どっちに決めても、家の中が面白ういかん。それが分かっとるけん、俺も腹を立てて、『そんなら、のぼりは立てんことにする』と怒鳴ってはみたもんの、初めての息子というのに、のぼりも立てんと、近所から笑われるし、どうもこうもならんようになり、あんたの知恵ば借りに来たわけたい。家ん中ば丸く納めるため、相談に乗ってくれんけ」と、涙を流さんばかりにして、息子が頼みました。すると、かんねは
「そういうことで、初節句ののぼりを立てるの 立てんのと言っておったら町の者から笑い者にされるばかりばい。おれがそののぼりをよく見て決めてやるから、明日の朝、のぼりを持ってお母さんと嫁さんとが一緒にここに来るように言わんな」と言いました。
 息子は、これで話が決まると喜んで我家に帰り、かんねの言いつけどおりのことを、お母さんと嫁に言い渡しました。

 その晩も遅くなって、かんねもそろそろ寝ようかと、蒲団を敷きのべておりますと、表の戸をそっと開けて
「かんねどん、もうやすんだな」と小さな声を出して呼ぶ者がいました。
 かんねが表に出て見ますと、荒物屋のお母さんでした。
「こんな夜更けに、何の用で来たな」と尋ねますと、お母さんは
「今日、うちの息子から聞いたろうと思うが、うちの嫁は強情でわしの言うことを聞いてはくれません。あののぼりは、古くから家にあったもので、源義経で通ってきたと。嫁は意地悪でわざとわしに反対して、源為朝と言います。わしも年寄で、若い嫁に譲る道は知っとりますが、可愛い初孫の節句に、嘘は言いとうなか。そこで相談じゃが、明日の朝はどういうことがあっても、源義経と決めてくれんな。これは、ほんのしるしばってん、取っといてくれんね」と言って、風呂敷包みから白木綿を出しました。
 かんねは、いかにもお母さんに同情したふりをして
「おまえの家の嫁は、一筋縄ではいかんとは聞いとったが、それ程とは思わんだった。事情はよくわかった。安心しとかんな」と白木綿を受け取りました。そして蒲団に入って
「明日は、どういうふうに決めたら良かろうか」と考えながら、うとうとしていますと、また、表の戸を叩く者がいます。
「かんねどん、もう寝ましたか。済みませんが、起きてくれませんか」と言います。しぶしぶ起きてみますと、荒物屋の嫁でした。
 相談があると言うので、よくよく話を聞いてみますと、今度も初節句ののぼりのことでした。
「どうでもこうでも、明日は源為朝と言うてもらわんと、私の顔は丸つぶれになり、里へ帰ろうと思っております。そういうことのないよう、よろしく頼みますよ」と頼んで、風呂敷の中から包みを出し
「こりゃ、つまらんものですが、取っておいて下され」と言って、板の間に置いて帰りました。
 節句当日の朝になりました。荒物屋の母子三人が問題ののぼりを持って、かんねの家にやって来ました。のぼりを狭い部屋いっぱいに広げて
「こののぼりですたい。良かのぼりでしょうが。この武者は義経か為朝か、よく見て決めて下され」とお母さんが言いました。嫁さんがその横に体を乗り出して
「よかァ 為朝でしょうが」と、意味ありげな目でかんねを見上げながら返事を催促します。
 お母さんも嫁に負けてなるかと
「なァ こりゃ間違いなく義経でしょうが」と、かんねに念を押します。
 しばらくして、かんねは目玉を大きく開き、膝を両手でたたいて、おもむろに、右手でお母さんの方を指し
「こちらが白木綿一反」と言い、また、左手で嫁の方を指し
「こちらも白木綿一反」と言いました。
 お母さんも嫁も、かんねが何を言い出すのか見当もつきません。
 そこでかんねは、ゆっくり膝を座り直して
「よいかな、今から本当のことを言いますよ。よく聞いておきなされ」と前置きして
「こちらが一反、こちらも一反、合わせて二反。両方とも白木綿じゃ、よって こののぼりは仁田んの四郎忠常じゃ。これでよかろう」と決めました。
 お母さんと嫁とはビックリして、お互いに顔を見合わせて声も出ず、ボーッとしておりました。
 息子は、二人が文句を言わずおとなしくしているので、二人とも承知したと思って
「かんねどん、よう決めてくれて有難う」と、何べんも なんべんも頭を下げて礼を言いました。
 こういうわけで、その日、荒物屋の庭先には「仁田四郎忠常」ののぼりが5月の風になびいていました。
         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2003.5.7  

 

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