唐津の民話  
 

 

 
 『かんねばなし51』  
“勘右衛の幽霊”

今日は、勘右衛(かんね)どんの、幽霊にならした話ば、しゅうだい。

 勘右衛は怠け者でしたので、いつも貧乏でした。だから年の暮になると米や味噌や醤油の付けがたくさんたまります。
 嫁ごが心配して言いました。
「これ、あんた、明日は年の暮よ。借金のいっぱいたまっとるばってん、どやんして払うつもりかい。銭ば借りるところもなかし、払わんと明日から米も醤油もなかばい」
「心配すんな。俺にゃ考えんあるけん。俺が言うとおりにすればよか」
 それでも嫁ごは心配で
「そやん言うたてちゃ、今までいっぺんでん銭ば借りてきたことんあるかい。借金取りん来たら裏口から逃げち、言い訳はおい(私)ばっかり。今度はおいの言い訳じゃ通らんばい」
と、やかましく言いました。すると勘右衛は
「分かっとる。分かっとる。明日は逃げやせん。ばってん、今すぐは銭の工面はつかん。そんけんちょいと一芝居打たんとどうにもならん。俺は死んだことにするけん、お前は俺の言うとおりに芝居ばするとぞ」
と、言いました。
「芝居すると言うてん、どういうふうにするとかい。おいはうまいことでけんばい」
と、言いました。
 勘右衛は懐の中から自分の戒名の書いてある位牌を取り出して言いました。
「この位牌ば仏壇に置いて、俺が死んだことにして、お前が拝め。そこに借金取りどもが来たら、俺が死んだと言えばよか。俺は二階に隠れとるけん、お前はうまく芝居せろよ」
と、教えました。

 大晦日になりました。案の定、米屋、味噌屋、魚屋などの借金取りが何人もやって来ました。
「勘右衛どん、お前んうちは一年分も米代ば溜めとる。今日は払うちもらうまで絶対に帰らんぞ」
「俺りゃ魚屋たい。今年分の魚代ば払うちもらわんことにゃ、どうもこうもならん。魚はその日その日に仕入れるけん、払うちもらわんと、こっちん商売はあがったりばい」
 家に入るより早く、口々に催促しましたが、家の中は真っ暗で、仏壇の明かりの前に嫁ごがポツンと座っているばかりでした。それを見た借金取りたちは
「勘右衛はどこにおるか。嫁ごのお前じゃ話にならん。勘右衛ば出さんけ」
と、大きな声でやかましく言い立てました。嫁ごは涙をふきふき悲しげな声で
「見らるるとおり勘右衛は留守です。うちん人は数日前、酒ば飲み過ぎて、そんまま死んでしまいました。今日は初七日ですけん、明かりば上げてお参りしとります。掛けば溜めてすまんとは思うとりますばってん、こやんか事情ですけん、堪忍してくだされ」
と、言いました。
 今まですごい顔をして、腹を立て怒鳴っていた借金取りたちも、勘右衛が死んだと聞いて、いっぺんにシュンとなりました。
 仏壇を見ますと、嫁ごの言うとおり勘右衛の新しい位牌が祀ってあるし、その前にはわずかなお供え物まで置いてありますので、嫁ごの言葉を信じた借金取りたちは
「それは大変ですな。あんなに元気でしたのに、人間というものは分からんもんですな」
「本当に。勘右衛どんは、根は良か人じゃったとこれ。これから先、あんたも大変じゃね。気ば落とさんで暮らしていきなされや」
と、口々に慰めました。そのうち
「そやんこつなら、皆の衆、ものは相談ばってん、いろいろ言うてん勘右衛どんは良か人じゃった。この際掛け金は棒引きにしてやろうじゃなかけ」
と、言い出すものがありました。他の借金取りたちも、嫁ごの悲しむ様子を見て
「そうたい。そうたい。勘右衛どんの借金の取れんでん、明日どうこうということもなかろう。そうしゅうだい」
と、賛成しました。
 二階でこれを聞いていた勘右衛は
「しめしめ、俺が思うとったごてなってきたばい」
と、喜んでおりました。すると、借金取りの中から声がしました。
「借金の棒引きばっかりじゃすまんばい。どうかいみんな。今ここに持っとる銭ば香典代わりに上げていこうじゃなかけ」
「そりゃ 良かことに気付いたばい。そうしゅう。そうしゅう」
と、言って今度は借金を取るのをやめた上に反対に銭を出しかけました。
 嫁ごの方は支払いを延ばしてもらっただけでもいいと思っていたのに、借金は棒引きになるし、その上香典までもらいそうになったので、びっくりしてしまいました。そこで
「借金ば棒引きしてもらっただけでん有難かとこれ、その上香典までもらうわけにはいきまっせん」
と、言いました。
 それを二階で聞いていた勘右衛は、欲を出して階段の入り口に顔をのぞかせ
「遠慮せんで、貰うとけ。貰うとけ」
と、小さな声で言いました。
けれども香典を断るのに一生懸命な嫁ごは、全然気が付きません。
 勘右衛は、せっかくの香典ですから、貰わなければ損すると思いますが、嫁ごが気が付かないことにやきもきするばかりでした。
 死んだことになっていますので、大きな声は出されず、どうにかして嫁ごに合図をしようとだんだん身を乗り出してきました。
 そして、あまりに乗り出しすぎて体がぐらつき、その拍子に二階からいっぺんに転げ落ちてしまいました。
 経かたびらを着て、頭に白い三角布を着けた勘右衛を見た借金取りたちは、
「勘右衛どんの幽霊が出た〜!!」
と、びっくりして、勘右衛の家を飛び出して逃げていってしまいました。
 その後勘右衛は痛い腰をさすりながらも、家の中に散らばった銭を集めて、良か正月を迎えましたと。

         今日ん話しゃ、こいまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2006.04.05

 

 

 

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