『かんねばなし52』
“米俵”
今日は、勘右衛(かんね)どんの、米俵の話ば、しゅうだい。
(勘右衛話もいよいよ残り少なくなりました。そこで、これからは少し読みにくいとは思いますが、説明文もすべて唐津弁で書いてみます)
勘右衛に騙されて200両をただ取りされた和多田の伯父さん
(勘右衛話第26話「銭糞をたれる馬」)は
「血のつながっとる甥じゃと思えばこそ、今の今まで可愛がってきたとに、俺ば騙して200両もふんだくった。こぎゃん横着もんな、生かしておいてん世の中のためにならん。袋叩きにして海ん中さん放り込んでやらにゃ!!!」
と、かんかんに腹ば立てておりました。
そして伯父さんは、少しばっかり頭の方は弱かばってん、力ん強か隣の九平ば連れち、米俵と縄ば持って裏町の勘右衛ん家にやって来ました。
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現在の木綿町
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200両という大金ば手に入れた勘右衛は、しばらくは贅沢さるると思って、木綿町ん中道屋という大きな料理屋に上がり込んでご馳走ば腹いっぱい食べ、二日酔いで昼寝ばしとりました。
そこに踏み込まれた勘右衛は、目も覚めんうちに縄で縛られ、俵詰めにされてしもうたとです。
伯父さんと九平は、俵詰めにした勘右衛ば担いで西の浜さんやって来ました。
丁度そん日は夏の真っ盛りで、日差しん強うして、汗はびっしょり出るし、腹は減るしで、二人ともくたくたに疲れてしまいました。
そこで、勘右衛ん入っとる俵は砂ん上に放り出して
「昼の日中に勘右衛ば海に投げ込むとも気の引けるこったい。腹も減ったけん、昼飯でも食って来るか」
と、言って二人は江川町さん、飯ば食いに行きました。放り出された拍子にやっと目の覚めた勘右衛は
「こりゃ、しもうた。大変なこつになった。今度ばっかりはちょっとやり過ぎたばい」
と、反省したところで、もう後の祭りです。
急いで逃げ出さにゃ、と、体ば動かそうとしてん、縄で強く縛られとるけん、どうもこうもなりませんでした。
そん頃の西の浜には沢山の松の木が生え、浜じゃ地引網ん引かれ、沢山の魚が獲れとりました。
地引網ば引くときにゃ、漁師たちは千越祝いば歌います。
♪よいさ ごりょう ごりょうで
あしたから おうがちょ捕ろうよ
こいも 氏神さんの おごりしょう
あぁ よいやさ
この歌ん聞こえちきたけん、俵ん中の勘右衛はここが西の浜だと分かったとです。
地引網ば引くとには、大勢の人手んいるけん、町の人でん加勢した人にゃ、「加勢賃」として、網からこぼれた魚ば、やることになっとりました。
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現在の西の浜
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俵ん中の勘右衛は、助けば呼ぶため、その加勢人たちの通りかかるとば、今か今かと待っておりました。
そこに、目の悪かお婆さんの通りかからしたばってん、こんお婆さんは、よう目の見えらっさんけん、運悪く勘右衛が入っとる俵につまづいて倒れました。すると勘右衛は待っていましたとばかりに
「あッ 痛か! 誰か、俺ば蹴った奴は!!」
と、大声ば出しました。お婆さんはびっくりして、
「すまんな。わしゃ目の悪かけん、お前さまに突き当たってしもうた。ばってん、お前さまはどうしたわけで俵ん中に入っとるとな?」
と、聞きました。そこで勘右衛は
「これにゃ 深かわけんあるとですたい。俵ん中に入って潮風に吹かれとると、目の良うなるとお医者さまん教えらしたけん、こやんしとるとばい」
と、いかにもほんなこつんごて言いました。お婆さんな勘右衛ん話ば信じこんで
「そりゃ 良かこつば聞かせちもろうた。目の良うなるとなら、わしもやってみんこて」
と、勘右衛ん嘘話に乗ってきました。
勘右衛は、こりゃうまい具合になったと思い
「そうそう、お医者さまん言わすとじゃっけん、目の良うなるとは間違いなか。こん俵ば貸すけん、やってみんな。それにゃ、まず俺ば俵からでゃぁちくれんな」
と、言いました。
お婆さんは、目の良うなることならと、勘右衛が入っとる俵ん縄ばといてやりました。そして今度はお婆さんが
「そんなら、わしばそん俵ん中に入れちくれんけ」
と、頼みます。
勘右衛はお婆さんば俵に入れち、丁寧に縄ば掛け、心の中で「婆ちゃん、すまんな」と、思いながら
「よかな、しばらくこうしとると、目は段々良うなるけんな。そんうち誰かがここば通りかかるに違いなかけん、そんときゃ、声ばかかけち、俵かり出してもらわんな」
と、騙して西の浜かり逃げ出しました。
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現在の江川町
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伯父さんと九平は昼飯ば食ち、しばらく経ってから、西の浜さん戻って来ました。
「よう考えちみれば、勘右衛ば海さん投げ込むとは、いくらなんでん残酷かごたる。ばってん、いっぺん決めたこつじゃけん、仕方なかろう」
そう言って、二人は俵ば担ぎ上げ、海に投げ込もうとしたとです。ばってん、担いだとたんに、あまりにも俵ん軽うなっとるとに気付いて
「こりゃ おかしかぞ。勘右衛がこやん軽かわけんなか」
俵ん中じゃお婆さんが、よかときに人が来てくれたと思い
「早う、俵かり出して下され」
と、声ばかけました。
お婆さんの声ば聞いた二人は、びっくりして尻餅ばついてしまいました。
急いで俵の縄ばといて見ますと、中から見たこともなか、よそのお婆さんが顔ば出しました。
さらに驚いた伯父さんたちは、しばらくして気を落ち着け、お婆さんかり、勘右衛が逃げ出したときの一部始終ば聞き出しました。
「また、勘右衛にしてやられたばい!!」
と、伯父さんは地団駄踏んでくやしがりました。
ばってん、二度三度と勘右衛にやり込められちみると、さすがの伯父さんも歯が立たず、それに、いくら悪さばしたとはいえ、血のつながった甥ば、銭を騙し取られたぐらいで、殺さんでんよかろうと、いままでいきりたっとった自分が恥ずかしく思えてきました。
そこで、再び勘右衛ば捕まえることは諦め、二人は和多田さん帰って行きました。
お婆さんは、どやんか事情かちっとも分からず、目ばシパシパさせておりましたと…。
今日ん話しゃ、こいまで…。
(富岡行昌 著 「かんねばなし」より)
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