『かんねばなし38』
“狐女郎”
今日は、勘右衛(かんね)どんの、狐ばだまして女郎に売り飛ばさした話ば、しゅうだい。
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現在の“鏡山”
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鏡山には狐がたくさん棲んでいて、麓に下りて鏡村の人たちを化かしたり、悪戯をしたりしておりました。この話を聞いた勘右衛は
「そう、悪戯ばする狐なら、俺が退治してやろう」
と言って、鏡村に出かけて行きました。
その日はとてもとても寒い日でした。
唐津あたりも夜になると冷えて、田圃に氷が張るほどです。
鏡山の麓の赤水あたりの湿田に来た勘右衛は、何を思ったか、尻を丸裸にして、湿田の水に尻がつかるようにしゃがんでおりました。
唐津は暖かい土地柄といっても、冬の湿田の水はやはり冷たいものです。凍りつくような冷たさを我慢して、勘右衛は尻を水につけております。そして独り言を言いました。
「ほんなこて湿田の水は冷たかぞ。ばってん、こうしておくと、ドジョウが寄ってきて尻にかかる。それが楽しみたい。おとといの晩もこうして5升ばかり獲れた。いっちょう辛抱せんこて」
もう、そのころは暗くなっており、鏡山の狐どもも赤水観音堂の処に下りて来て、この勘右衛の独り言を聞いておりました。
狐は鯨の赤身とドジョウが一番の好物ですから、
「こりゃ よかことば聞いたぞ。ああしてドジョウん獲れるとなら、俺もやってみよう」
と思いました。しかし勘右衛がいては出るに出られません。じいっと隠れて待っておりますと
「今日は少し早すぎたごたる。明け方、また来よう」
と、勘右衛は帰って行きました。
狐の方は早くドジョウを食べたくてたまりません。勘右衛が帰ったらすぐに湿田に下りて来ました。そして大きい尻尾を水の中につけました。
そのときの冷たさといったら、怪我をしたときのような痛みがありましたが、ドジョウが食べられると思って、我慢をして頑張りました。
夜もだんだんとふけると、湿田の水にも氷が張りだします。狐はそれでもドジョウを食べたい一念で、ドジョウのかかるのを待っております。
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鏡山の麓“赤水付近”
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1時間2時間と待っておりますと、氷がだんだん厚くなって、すっかり尻尾を閉じ込めてしまいました。
狐の方はその有様をドジョウがかかったと思い、
「だんだん重くなってきた。きっとドジョウんかかったに違いなか。もうすこし我慢しよう」
と、冷たさをこらえ、明け方まで頑張り通しました。
一番鳥が鳴く頃になると、浮岳のあたりが、ほんのり明るくなって夜明けを告げます。狐は
「もうよかろう。そろそろ引き上げよう」
と言って、尻尾を引き上げようとしました。しかし尻尾は氷にしばり付けられ、取れません。
「こりゃ しもうた。早く取らんと夜が明ける。そうなると村の者たちが来る。大変なことになるぞ」
と、慌てましたが、厚い氷に閉じ込められているので、どうにもこうにもなりません。死に物狂いに暴れても、尻尾は氷から抜けませんでした。
そのうちに疲れてしまい、しゃがみ込んでしまいました。
そこへ人間が急いでやって来ました。よく見ると勘右衛です。狐の方は
「こりゃ 大変なことになる。早う逃げなくちゃ」
と、最後の力を振りしぼって暴れましたが、どうしても尻尾は氷から抜けません。
「こりゃ!! 狐、お前は俺から騙されて、馬鹿もんが。お前ば打ち殺し、皮ば高う売ってやるぞ」
と、猛々しく勘右衛が言いました。狐は涙をぼろぼろ流して、
「今まで悪戯してすまんと思っとります。何でも言うことを聞きますから、命だけはお助けくだされ」
と、頼みました。そこで勘右衛は
「本当か! もう悪戯はせんな。そんなら俺が言うとおり、べっぴんの女に化けてみろ」
と言いました。すると狐は
「お前さんの言うとおりに化けます。ばってん、尻尾ばはずしてくれんと、化けられません」
と、頼みました。
勘右衛が氷を割って狐を助けてやりますと、狐は喜んで、すぐにべっぴんの女に化けました。
「よく化けた。これから俺が、よか処に連れて行くけん、ついて来い」
と言って狐を連れて、満島(みつしま)の遊郭(ゆうかく)にやって来ました。
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現在の松浦川
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満島というところは、松浦川の川口の東側にあって、船が出入りするので賑やかな所で、遊郭もあります。そこの浮島という一番大きな店に入った勘右衛は、旦那さんを呼んで
「俺は高串(たかくし)の太平という者ですが、今年は不漁で魚が獲れず借金ば背負い込んでしもうた。これは妹ばってん、食べさせられんごてなった。そこで、こん店に奉公させようと思うて来ました。ご相談ができませんでしょうか」
と頼みました。
旦那さんは、その女を上から下、下から上へとよく見て、これはべっぴんで役に立つと品定めし
「べっぴんじゃな。うちで使うてんよか。どのくらい要るとか」
と言いました。すると勘右衛は
「100両ばっかり要りますが、あんまり無理も言われませんから、50両ほど貸してください」
と、値踏みして相談を持ちかけました。すると
「50両とは高か。どうだね3年年期としたら」
と、旦那さんは利口ですから、店の都合のよいように言いました。しかし、勘右衛もあまり無理を言うと失敗する場合もありますので、
「そりゃ少し長いようです。ばってん二人とも飢え死にするよりましたい」
と、自分にとっては非常に不利のような言い訳を言って、化け女には
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浮岳
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「よいかい、お前をここに置いとくけん、旦那さんの言わすとおり、しっかり働かにゃいかんぞ」
と言って、50両を受け取って帰りました。
旦那さんの方は、久しぶりにべっぴんの女が来たと喜び、化け女に優しく
「娘さん、心配することはなか。ここへ来ればキレイな着物を着て、おいしいものを食べ、ただ お客さんの相手をするだけだ。今日は遠い所から来て疲れたろう。二階に上がって、ゆっくり休んでおりなさい」
と、こんなに優しい旦那はこの世の中にはいないと言うほど、やさしく言いました。
化け女は二階に連れて行かれ、その日は何もせず、夜になりました。
「布団はそこの押入れにある。今日は休んで、明日は早く起きるんですよ」
と、店の女は言って、一階に降りました。
あくる朝、旦那は今日からしっかり働いてもらおうと思っておりますが、化け女はいつまでたっても起きて来ません。ついに旦那は腹を立て
「昨日の女はまだ起きんのか。叩き起こしてこい」
と、店の女に言いつけました。
それで、店の女が二階に上がって障子を開けて見ますと、毛がふさふさとした大きな尻尾の狐が、グウグウ大いびきをかいて寝ておりました。
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現在の“満島”(唐津市東唐津)遠方が鏡山
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店の女はびっくりして、階段をすべり落ちました。
その物音に驚いて旦那さんが飛び出して来ました。店の女はブルブル震えて
「き、狐の、布団に寝ています」
と言いました。そこで旦那が急いで二階に上がって見ますと、本当に大きな狐が寝ております。
狐の方も外の音で目を覚ましましたが、どんな事情になっているかさっぱり分からず、キョトンとしておりました。
旦那は腹を立て
「お前は誰だ。この化け狐めが」
と、ほうきで叩きました。狐はキャンキャンと叫んで二階の戸のすき間から必死に逃げ出しました。
今日ん話しゃ、こいまで…。
(富岡行昌 著 「かんねばなし」より)
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