唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし28』  
“切腹”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、切腹の話ば、しゅうだい
 怠け者で仕事を好かぬかんねは一年中貧乏でした。ですから年の暮れには借金で首が回らぬようになります。
 明日は大晦日という日になると、いつもは阿呆のようにしている嫁さんでさえ 心配でなりません。
「お父さん、明日は年の暮れですよ。また掛け取りがたくさん来るに違いなか。どうしますか。借金が払えんと、首吊りでもせんことにゃ、申しわけ出来ませんばい」
と、かんねにやかましく小言を言います。するとかんねは
「どうもこうもなか。俺にはちゃんと考えがある。そばから口は出さんでんよか。そう心配せず、今から魚屋に行って、大きなエイの魚ば買うち来い」
と、有り金全部を出して、嫁さんにエイの魚を買いにやりました。

エイ
 いよいよ大晦日の朝になりました。予想通り掛け取りが大勢やってきました。
「今日はどうしても払ってもらいます。払えんなら、ここは動きませんばい」
「そうたい、一年中 味噌醤油の代わりば掛けにしとくとは、あんたの家だけですぞ」
「半年分の米の代わりを払うてもらわにゃ、俺は首吊りでもせんと、店の旦那さまに申し訳なか」
こんな風に、応対に出てきた嫁さんに向かって言います。嫁さんは、掛けですから払わなければと思いますが、先立つお金がありません。
 初めの頃は頭を下げて、断りを言っておりましたが、しまいには黙ってしまいました。
「嫁のお前じゃ話にならん。かんねば出さんけ」
と、怒鳴り散らす始末です。

 納戸に隠れていたかんねですが、嫁さんが責め立てられているのを聞いて、隠れているわけにもいかず、ついに掛け取りの前に現れました。
 その姿といったら、掛け取りたちがびっくりする姿でした。
 白足袋に白帷子(しろかたびら)姿です。つまり、死んだ人の姿をしていました。
「皆の衆、俺が甲斐性がないばっかりに、皆さんに迷惑かけて申し訳なか。いろいろ銭を集めようとしたばってん、やっぱりできんだった。この上はお詫びのしるしに、今から腹を切ります。それで許してくだされ」
と、真っ青な顔をして言いました。
 掛け取りたちは、またかんねがハッタリを言って、自分たちを騙していると思いましたので
「そりゃ そうとも。掛けが払えんとなら、腹を切ってお詫びぐらいするのが当然ですたい」
と、言います。

 こう 掛け取りから言われては、かんねも引くに引けぬようになりました。
そこで、表の門口に座って、持っていた刺身包丁を自分の腹にグサリと突き刺し、横一文字に包丁を引き回しました。
 すると、腹は断ち切れ、腹からは血が飛び出し、その血は腹に巻いていた白さらし布を真っ赤に染め、腸腸(はらわた)がだらりと吹き出しました。
 その時のかんねの顔は、目の玉が飛び出たように大きく開き、その時の苦しそうな格好といったら、二度と見ることの出来ないほど恐ろしいものでした。
 これを見ていた掛け取りたちは、あまりのすごさに慌てて、皆真っ青になってガタガタ震えておりました。
 いくら借金があるといっても、かんねに腹を切らせたとなれば、店の評判は悪くなるし、もし奉行所に聞こえたら、ただじゃ済みません。もう掛け取りのだんじゃありません。借金を取るどころか、懐に持っていた銭さえその場に投げ出して、逃げ去ってしまいました。

 掛け取りが帰った後、かんねはやおら立ち上がり、腹に巻いていたさらし布を解きはじめました。
すると、腹の中から「エイの魚」がポトンと土間に落ちてきました。そしてかんねはかすり傷さえ負うていませんでした。
 かんねはそこらあたりに散らばっていた銭を集めて、よい正月を迎えました。  

         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2004.2.12  

 

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