唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし22』  
“狸の巣”

 今日は、勘右衛(かんね)どんが、漁師ば、だまさした話ば、しゅうだい
 唐津の見借(みるかし)という処に、権八という漁師がおりました。権八は鉄砲を使うより、罠で狸を捕まえることが得意でした。
「俺が、唐津一の罠かけの名人じゃ。俺がかけた罠に狸がかからんことはなか。絶対に捕ってみせる。なんなら酒一升賭けてんよか」
と、いつも自慢しておりました。それを聞いたかんねは
「俺も自慢話をするばってん、あれは俺以上の大ボラ吹きじゃ。今度会ったら、騙してやり込めてやろう」
と、考えておりました。
見借(みるかし)の入口にある庚申さま

 或る日のことです。かんねは見借に用があって出かけますと、庚申さまの前で権八に会いました。
「よか処で会うた。タノキ(唐津地方では狸をタノキとも言う)は捕れたかい」
と、聞きました。すると権八は元気のない顔をして
「それがね、俺があんまり上手だから、見借の付近じゃ狸はおらんようになった。どうかね、お前の処あたりにや狸はおらんかい」
と、尋ねました。するとかんねは
「タノキけ、タノキん巣なら、大石天満宮の裏の田の中にあるよ」
と、教えました。権八はこの話を聞いた途端、目の色を変え、声を弾ませて
「そりゃ、よかことば聞いた。教えてくれんか」
と頼みました。しかし、かんねは
「教えてやらんこともなかばってん、折角俺が見つけたタノキん巣だし、ただじゃ教えられんよ。何かお礼はするや?」
と、なかなか教えようとはしません。でも、権八はどうしても教えてもらいたくてたまりません。
「そりゃ、そうじゃ。狸の罠をかけるには、鯨の赤身が一番の餌じゃ。1斤(きん)は罠に使うばってん、もう1斤買うて、それをお前にやるよ」
と、権八はかんねに教え賃を約束しました。しかし、かんねは嬉しい顔はせず、しぶしぶ請け負った顔をして
「それなら教えてやるよ。俺について来い。分け前は先に呉れにゃ教えられんばい」
と、言いました。権八はかんねの心の中は分かりませんが、もう狸を捕ったつもりでおりますから、心は、うきうきしておりました。
「よか、よか。寄り道して、鯨ば買うて、その時渡すよ」
と、承知しました。

 道々、権八は狸の話で夢中です。
「狸は鯨の赤身が一番の好物たい。鯨の臭いで3里先から嗅ぎつけてくる。鯨を餌にすれば、どんなに用心深い古狸でも、その誘惑に負けて罠にかかる。狸の皮は高く売れるし、尻尾の毛を集めておくと、上方の筆屋が、上等の筆先にすると言うて買いに来る。また、狸の肉は少し臭かばってん、味噌炊きにすると、体が温まって、冬の食い物には一番たい」
と、知ったふりをして、べらべらとしゃべります。こう、得意がってしゃべられると、いつもなら、横やりを入れるかんねですが、この時は反対もせず
「お前は、よう知っとるな。そう効能があれば、タノキ捕りはやめられんね」
と、権八を喜ばせます。権八は魚屋町の魚屋で鯨の赤身を2斤買い、その半分をかんねにやりました。
 かんねは、遠慮せずにそれを貰い、我家に寄って鯨を置いて、大石天満宮の裏へ権八を案内しました。
現在の見借地方

 その頃になると、権八は、今から捕まえる狸のことばかり考え、口もろくにはきかんようになりました。この後、権八がどんな顔をするかと思うと、おかしくてたまりませんが、早く心のうちを明かすと、権八が腹をたてると思いますので、黙っておりました。
 かんねは、田の畦道に立ち止まり
「ここたい」
と、言いました。天満宮の裏は、開けた田ばかりで、田の畔に木が3本生えているだけです。権八はびっくりして
「ここけ?こんな田の真ん中に狸の巣があるはずはなか、かんね、お前は大抵人を冷やかすとは聞いとったが、俺を騙すつもりじゃなかろうな」
と、腹をたてました。するとかんねは
「なんば言うか。俺がどうしてお前ば騙すか。目の前の田圃ばよく見てみろ。田ん中に木が生えとろうが、そん木の上に鳥が巣をかけとるのが見えるだろう。俺は『田の木ん巣』と教えた。それをお前は『狸ん巣』と間違えたとじゃなかか。唐津ん言葉ば知らんけん、狸の巣と勘違いしたつじゃろうが」
こう、かんねから理屈を言われると、一言の返し言葉もありません。
 権八はかんねから騙されたうえ、鯨の赤身をとられて、ぶつぶつ言いながら見借に帰って行きました。
         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2003.8.8  

 

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