唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし16』  
“どじょう汁”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、どじょう汁の話ば、しゅうだい
 稲刈りが済み、10月の亥(い)の子(ね)の日になると、町田村(ちょうだむら)の若者達は、若者宿に集まって、骨休めの『持ち寄り』(宴会)をします。
 この日の若者たちは、田圃の溝さらえをして、どじょうをすくい、それでどじょう汁を作り、酒を飲む習慣になっておりました。
 朝早く若者たちは田圃に行き、どじょうを沢山すくって、夕方若者宿に集まって来ます。
 そして、どじょうのごみを取る者、ごぼうや里芋を洗う者、薪を集める者と、それぞれ仕事を分担して忙しく働きます。それも、どじょう汁を楽しみにしているからでした。
 そこへ、かんねが豆腐を2個竹の皮に包んで通りかかりました。かんねは若者に会うとひやかすので、若者はかんねを好きじゃありません。しかもかんねはずるく、『持ち寄り』の時には何も持ってこず、遠慮もせずに、たらふく飲み食いをするあつかましい強心臓ときておりますので、なおさら好かれておりませんでした。
 しかし、どうした風の吹き回しか、今日は豆腐を下げております。若者はその豆腐に目をつけて、かんねに声をかけました。
「かんね、今からどじょう汁で一杯やるが、仲間にはいらんか」するとかんねは
「いつもなら俺を毛嫌いして『持ち寄り』には誘いもせんくせに、今日は愛想よう声をかけてきた。さてはこの豆腐に目をつけたな」と、気がつきました。それなら、若者たちに一あわふかせてやろうと考えて、
「そりゃァ有難いが、俺はほかにも用があるから長居はできんよ」と、言いました。
 若者たちは、豆腐を出してもらって、大酒飲みのかんねには早く帰ってもらう方が好都合ですから、
「そうな、そんなわけなら、お前の都合のよかごてすればよか」と言いました。都合のいいようにしていいと言われて、かんねも『持ち寄り』に加わることになりました。

 しばらくすると、材料の用意ができ、鍋の方も湯気が立ち、味噌のいい香りが漂いはじめました。
「そろそろどじょうば入れんな」
「いや、豆腐ば先に入れた方がよか」こんなやりとりがあって、豆腐を先に入れることになりました。
 かんねは、皆の言うとおり、豆腐を竹の皮の包みから出して、小さくきざみもせずに鍋に入れました。この様子を見て、なぜ豆腐をきざまぬかと言う者もありましたが、鍋に入れてしまってからではどうしようもありません。続けてどじょうも入れました。
 生きたまま熱い湯に入れられたどじょうは、バタバタ暴れだし、鍋の外に飛び出すのもおります。
「早う、蓋ばせんか」と言う者もあって、蓋をして炊き出しました。そのうちどじょうはおとなしくなり、野菜も入れ、甘いどじょう汁ができあがりました。
 若者たちは、すきっ腹がグウグウと鳴り、早くどじょう汁を食いたくて、そわそわと落ち着きません。
 その時でした。かんねはやおら立ち上がり、
「もう間に合わんごてなった。俺は用があるから、約束どおり帰るよ」と言い出しました。
 すると若者たちは、大食いのかんねがいない方が大儲けですから
「食わんで帰るとか、そりゃ気の毒に」と、義理で同情したふりをしました。するとかんねは
「それじゃ俺の出し前の豆腐は持って帰るよ」と言います。若者たちは期待はずれして
「豆腐は持って帰るって?そんな無茶なことあるもんか」と文句を言いました。しかし、かんねは平気な顔をして
「豆腐は俺が持って来たものだ。文句はあるまい」と、理屈を言います。
 若者たちは反発する言葉も出せず、ポカンとしておりました。
 きっと、若者たちはかんねを騙そうとした引け目もあるので、かんねのやり方に文句が言えなかったのでしょう。
 かんねはゆっくりと豆腐をすくい上げ、竹の皮に包んで
「それじゃ、お先に」と、馬鹿丁寧な挨拶をして、若者宿を引き上げました。

 さて、若者たちは、早くどじょう汁を食いたくてたまりませんので、かんねのことは忘れて、鍋を座敷に上げ、どじょう汁を食べ始めました。一箸、二箸と汁に手をつけた若者が大声を出しました。
「こりゃおかしいぞ、俺のにはどじょうは一匹も入っとらん!」
「俺のにも入っとらんぞ!どうしたわけだ」と、騒ぎ出しました。
 あれだけ沢山いたはずのどじょうが、一匹も箸にかからないことは、今まであったためしがありません。そのうち、一人が大声で
「わかった。こりゃ、どじょうが鍋に入れられ、熱か湯の中で苦しまぎれに、豆腐の中に潜り込んだに違いなか。こりゃ、かんねに一杯食わされたばい」と叫びました。
「そんけん(だから)かんねは、かたせるなと言うたろうが」と、文句を言う者もいましたが、どじょうを取られたあとでは手遅れでした。
 その夜、かんねは豆腐に潜り込んだどじょうを腹一杯食べました。
         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2003.1.21  

 

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