唐津の民話  

 
 
 『かんねばなし15』  
“世界一速かもん”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、世界一速かもん(速いもの)の話ば、しゅうだい
 若者宿は夜になると若者達が集まって来て、ガヤガヤ、ワイワイと世間話で賑やかでした。
 ある夜、かんねが若者宿にふらっとやって来ました。いつもなら、すぐ話の仲間に加わるのですが、この時はどうした風の吹きまわしか、話には加わらず、囲炉裏端で焼き芋をパクパク食べて若者達の話を聞いておりました。
 けれど、焼き芋を食べるだけでは何となくさびしい思いがして、ここに酒でもあったらと、酒のことを思い出しました。
 かんねは生まれつき酒好きで、一日に一回は飲まないと落ち着かない方で、酒を手に入れる方法を考えて若者達に声をかけました。
「おい、お前たちは馬鹿な話ばかりしているが、もう少し若者は若者らしく、夢のある大きな話をしたらどうだ」  すると、若者の一人が
「そんな話には乗らんよ。かんねのほら吹きにはかなわんからな」と、相手になりそうもありません。しかしここで話に乗ってもらわなければ、かんねの計画はだめになってしまいます。
「そうね、いやならよか。よかごてせんね」と軽く流します。すると、かんねが、でしゃばらないと思ったのか、安心した若者の一人が、
「どうかね、今日は速かもんの話ば、してみようか」
「それがよか、これならかんねに騙されんで済むもんな」と若者は、知らず知らずのうちに、かんねの計画に乗せられてきました。だんだん話は弾んで
「ただ話をしただけでは面白うなか。いちばん速かもんを言うた者に、酒一升おごることにしたらどうケ」
 こう、注文を出す者もあって、とうとう酒一升を賭ける話にまで進みました。
 かんねは案の定、若者達が自分の計画に乗ってきたと思いましたが、口には出さず、その賭けに加わることにしました。
 賭けたとなると皆は真剣です。一番若いのが口を切りました。
「何と言っても、一番速かとはツバメたい。ツバメより速か鳥はおらん」と自身たっぷりに言いました。すると、別の若者が口をとがらせ前に体を乗り出して
「何を言うとるか。ツバメより鳩の方が速か」と言いました。すると、その横にいた者がポンと胸を叩いて
「お前達は、鳥のことばっかり言うとるが、まだ速かもんがある。大風を見てみんケ。あれより速かもんはなかよ」 すると、また他の若者が
「生きとらんもんでよければ、まだ他にあるよ。稲光ば見てんケ。雷さまが鳴るときはもう届いとる。あれが一番速か」
 皆は稲妻が出たので、それより速いものは思いつかず、お互いに顔を見合わせて
「そうたい、稲光が一番速かろうな」と皆の意見は一致し、それに決めようとしました。その時かんねは、エヘンと咳ばらいをして立ち上がり
「そのくらいのもんで速かもんとするから、お前達は馬鹿者と言われても仕方なか。稲光が何で一番速かか」と、かんねが言いますと、若者達は目の色を変えて、かんねにつめよりました。
「かんね、お前はいつも俺達に対抗して反対のことばかり言う。まだ速かもんのあるなら言うてみろ」。空気は険悪になりました。しかし、かんねは落ち着き払って「よう聞いとけよ。なんと言うても、一番速かもんは小便ばい」と言いました。意外なことを言うかんねに皆は驚いて、しばらくは口もきけませんでした。やがて若者の一人が
「小便?小便がなんで速かや!?」と尋ねました。すると、かんねは
「よいか、小便はな、男なら誰でも持っとる『まらんさき』から出るじゃろうが。俺が言うたことを繰返し言ってみろ。よく分かるぞ」と言いました。
 若者達はかんねが言ったことが、しばらくの間は分かりませんでしたが、一人二人と、小声でかんねが言ったことを、繰返ししゃべっていました。
「小便は『まらんさき』から出る」と繰返しているうちに、かんねの言ったことが分かり
「そうか! 稲妻と雷は一緒に出るが、小便はまらんさきから出るもんな」と感心した声を出しました。
 そのうちに、他の者もだんだん、かんねのトンチのある言い方が分かってきて
「小便が一番速い」と決めましたので、かんねは計画どおり酒一升を手に入れることができました。
         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2002.12.21  

 

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