唐津の民話  
 

 

 
 『かんねばなし50』  
“占い”

今日は、勘右衛(かんね)どんの、占いの話ば、しゅうだい。

 勘右衛が京町を通っておりました。京町という所は、唐津で一番賑やかで、仏具屋や薬屋や呉服屋や魚屋など色々な店のある所です。
 呉服屋の店先にきれいな着物が飾ってありました。
「よか着物んあるばい。いっぺんでよかけん、着てみたかなぁ。俺ゃ見るばっかりで……」
 と、思いながら勘右衛が店の奥のほうを覗いておりますと、ちょうどそのとき、店の嫁御が財布を押入れの下に差し込んでいるのが見えました。けれども、そのときはあまり気にもせずに通り過ぎました。

 勘右衛が用事を済ませて、またその店の前を通りますと、店の者たちがうろうろと何か探し物をしている様子です。
 でしゃばりの勘右衛は店に入っていって尋ねました。
「何か取り込みの様子ばってん……」
「うん、昼前のこったい。うちのおかみさんの財布んのうなって…。こん机ん上に置いてあったとばってん、いくら探してん見つからん」
 勘右衛は、ははぁん、あんときの財布か」と、ぴんときましたが、そのことはおくびにも出さず。
「俺は裏町の勘右衛という者たい。少しばっかり八卦も見るけん、良かったら見てやろうか」
と、本当に八卦ができるようなふりをして言いました。
 店の者はいくら探しても見つからず困っとりましたので
「そりゃ よかところに来てくれた。早う見てくれんけ」
と、頼みました。
現在の京町アーケード街
「当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うけん、当たれば運の良かったと思うちくれんけ」
勘右衛はこう言うと、箸立てと48本の箸を用意させました。
 箸を箸立てに立てて、目を閉じた勘右衛は箸をガチャガチャかきまぜながら、口の中でなにやらブツブツ祈祷らしいことを言って、やおら箸立ての中から8本の箸を取り出しました。
 そして、1本1本ゆっくりと机の上に並べてから、静かに目を開けて、いかにも本物の八卦見のような口ぶりで言いました。
「失せもんは必ず出る。その失せもんは黒か財布ばい。押入れの下ん方にあると八卦に出とる。押入ればよう探さんけ」
 店の者が押入の下の方を探してみると、勘右衛が言ったとおり黒い財布が出てきました。おかみさんも店の者たちも、勘右衛の八卦が当たったことにびっくりして
「勘右衛どんの八卦は、ほんなもんよりよう当るばい」
と、感心しました。
 喜んだおかみさんはお礼に銭を包み、酒・肴で勘右衛をもてなしました。
 この話はたちまち唐津の町中に伝わって、勘右衛の八卦はよく当ると評判になりました。
 当然のことながら、八卦見を頼む人が増えます。勘右衛は八卦見を頼まれると、どっちに転んでもいいように言うのですが、それが不思議に当るもんで、勘右衛はいつの間にか八卦見の名人のようになってしまいました。

 ある日のことです。呉服町の“びんつけ屋”の番頭どんが、勘右衛の家に青い顔をして駆け込んできました。八卦を見てくれと頼みます。その番頭どんの言うには
現在の呉服町アーケード街
「今日ん昼ごろ、店で十両金包んのうなった。ちょうど荷物ん着いて、皆がばたばたしとったもんじゃけん、帳場に置いてあった金包んのうなったと気付いたつは旦那さまだった。十両と言えば、こん家んごたる大店でん大変ばい。皆で一生懸命探したばってん分からんとたい。そんときは外からの客はなかったけん、店の者が出来心で盗んだかも知れん。誰も彼もと疑うわけにもいかんし、また万一店の者の仕業と分かってん、外に知れると店の信用にもかかわるけん、内輪で内々に済ませられたら…と思うとる。そういうわけで、勘右衛どんに八卦ば見てもらおうと走って来た。よろしゅう頼みますばい」
「そうかい。そりゃ心配なこつな。そんならいっちょう見てみゅうだい」
 話を聞いた勘右衛はびんつけ屋に出かけて行きました。びんつけ屋に着いた勘右衛は
「いまから八卦ば見るけん、店ん者は皆集まって、俺の八卦ばよう見とって下され」
 皆の前でいつものように、箸で八卦を見ながら言いました。
「いまから八卦に出たことば言いますけん、よく聞いて下され。十両包ば盗んだ者はこん家の中におると卦が出とる。銭ば盗んだ者は、ほんの出来心で、それも、こん店が大きかけん、銭ば粗末に扱うとることに、神様ん腹ばかいて、その者に盗ませとらす。皆、心構えば入れ替えにゃ、銭は出てこん。と、卦にでとるとたい。そうそう、銭ば盗った者は、そんままにしとくと、神様ん腹ば立てて、大病にしてやると言いよらすと出とるぞ。明日になれば名前も教えらすそうな。俺はここに泊って一晩中 卦ば見るけん、心配事のある者は俺んところに来てくれ」

 勘右衛はびんつけ屋に泊ることになりました。びんつけ屋では十両の金が出るか出ぬかの境ですから、勘右衛を酒・肴のご馳走でもてなしました。
 そのうち勘右衛はすっかり酔って、いい気分で寝てしまいました。
と、夜中のことです。誰かが勘右衛を揺り起しました。
「勘右衛どん、起きてくれんか。俺はこの店の三番番頭で吾平という者たい。誰も見とらんだったけん、つい出来心で悪かことばしてしもうた。ほんなこて反省しとる。銭はそっくり返すけん、誰にも言わんどってくれんけ」
と、わなわな震えながら頼みました。
呉服町の入口にある 現在の“びんつけや”
 昼間、勘右衛が「銭ば盗んだ者は大病になる」と言ったことがよほど恐ろしかったのでしょう。すると勘右衛は
「俺にゃ お前が盗んだて、ちゃんと分かっとった。ばってん、店ん内から泥棒ん出たとなっちゃ店ん恥じゃろ。じゃっけんお前ん名前は言わんじゃった。そこで、その銭は店の裏庭にあるお稲荷さんの祠(ほこら)ん中に、そっと置いとけ。俺がよかごて取り繕ってやるけん」
と、何でもかんでも、すべて見通しのように言いました。
 三番番頭の吾平はほっと一息ついて、勘右衛に三拝九拝して、勘右衛の部屋からそっと出て行きました。

 翌朝、勘右衛は店の者を集めて言いました。
「昨日言うたごて、いまから銭のある所ば教ゆる。銭ば盗って隠さしたつはお稲荷さんばい。ここん店ん者は銭ば大切にせんけん、お稲荷さんが怒って銭ば隠さしたと。これから先は、もっと銭ば大切にせにゃいかんばい。誰かお稲荷さんの祠ば開けちみてくれんけ」
 店の者が祠を開けてみますと、勘右衛が言ったとおり十両包がありました。店の旦那どんは大喜びで
「店の者に疵(きず)がつかんで良かった。ほんなこて勘右衛どんの八卦はよう当るばい」
と、感心するやら、ほめるやら。勘右衛はたくさんのお礼をもらって、意気揚々と帰りました。

         今日ん話しゃ、こいまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2006.03.04

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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