唐津の民話  
 

 

 
 『かんねばなし44』  
“隠れ蓑と隠れ笠”その1

今日は、勘右衛(かんね)どんの、天狗さまば騙さした話ば、しゅうだい。

 見借(みるかし)の庚申さまの境内に幹の周りが大人4人で取り巻くほど大きく、高さが14間(約25m)もある松の木があって、村の人は「天狗松 天狗松」と呼んでいました。
現在の 唐津市見借“庚申さま”
 いつの頃かは誰も知りませんが、この天狗松の大枝に天狗さまが住みつき、境内に遊びに来る村の子供たちや、庚申さまの横の道を通る村人に、松のカサや小枝を投げつけていたずらをするようになり、村人たちは困っておりました。
 この天狗さまは隠れ蓑と隠れ笠を着ておりましたので、誰もその姿を見た者はなく、追い払うにも方法がありませんでした。
 この話を聞いた勘右衛どんは
「そぎゃん悪か天狗なら俺が追い払ってやろう」
と言って、直径が7尺(約2m)もある“ちゃぶれ”という大きなふるいを持って見借に出かけました。
 天狗松の処に来てみますと、なるほど話しに聞いていたとおりに大きくて高い松の木です。
天狗さまがどこにいるかを確かめましたが、その姿を見つけることはできません。
 そこで、勘右衛どんは、やおら“ちゃぶれ”を頭の上にかざし
「天狗さま、おりゃ裏町の勘右衛ばい。今日は相談したかことんあるけん、降りて来てくれんな」
と大声で叫びました。
 しかし、天狗さまは自分の姿は勘右衛には見えんと思っておりますから、返事をしません。
 すると勘右衛は独り言を言い出しました。
「見ゆる 見ゆる、この“ちゃぶれ”じゃ、何でん見ゆる。ありゃりゃ、天狗さまがあくびさした。口ん太か〜。歯は1本もなか。この天狗さまは年寄りじゃ。顔中しわだらけで、下げとらす金玉は太かばい」
 勘右衛がいかにも天狗さまの仕草が見えるようにしゃべるので、天狗の方も、もしかすると勘右衛は自分の姿を見つけているんじゃなかろうかと心配になってきました。そこで
「勘右衛、お前に俺が見ゆるはずはなか。嘘ば言うな」
と、声をかけました。すると勘右衛は待ってましたとばかり
「ほんなこて見ゆるとですばい。この“ちゃぶれ”ば通すと、ちゃんと見えとるとですばい」
 この返事にびっくりした天狗は、その不思議な“ちゃぶれ”が欲しくなりました。
「そん“ちゃぶれ”は、ほんなこて、そやん力んあるとけ?」
と、勘右衛に尋ねました。
「そうたい。俺ん家に昔から伝わる宝たい。そんけん、何でん見ゆるばい」
と、勘右衛は口からでまかせを言いました。ますます欲しくなった天狗は
「そんなら、それば譲ってくれんけ」
「そやんかこつはできませんばい。先祖さまに申し訳んなかけん、譲るわけにはいきません。ばってん、天狗さまが是非とおっしゃるなら、いっぺんぐらい貸してんよか」
「天狗は“ちゃぶれ”を試してみたくてたまりません。ついに松の木を降りて、蓑と笠を勘右衛に預け“ちゃぶれ”を借り受けました。
 勘右衛はその間にすばやく蓑と笠を着たふりをして蓑と笠で身を隠し
「天狗さま、蓑と笠ば着とるけん今は見えんでしょう。その“ちゃぶれ”ば通して見てんな、よう見えますばい」
この天狗は、もう年寄りですから動作はゆっくりしています。勘右衛はすばやく蓑と笠を松の木の裏側に隠して、松の木の前に飛び出しました。
 天狗がゆっくりした動作で“ちゃぶれ”を目の高さにかざして見ますと、なるほど勘右衛の姿が見えます。
「よう見ゆる。お前はほんなこて蓑と笠ば着とるけ?」
「着とる、着とる、ちゃんと着とりますばい」
現在の唐津市見借
 天狗が“ちゃぶれ”を下に下ろすと、勘右衛はすばやく隠れ蓑と隠れ笠で体を隠します。
ですから、天狗はその間は勘右衛の姿を見ることはできません。
 天狗が“ちゃぶれ”を目の前に持ってくると、またすばやく隠れ蓑と隠れ笠をはずします。そうするとまた勘右衛の姿が見えます。
 何回天狗がこんな動作を繰り返しても、勘右衛もぴったり天狗に合わせます。これで、天狗はますます“ちゃぶれ”の神通力を信じてしまいました。
 天狗が夢中になって同じ動作を繰り返している間に、勘右衛はころあいを計って、隠れ蓑と隠れ笠をぴったりと身につけてしまいました。すると天狗が“ちゃぶれ”を目の前にかざして見ても勘右衛の姿は見えません。天狗は驚いて
「勘右衛、“ちゃぶれ”で見てん、お前の姿は見えんぞ」
と、声をかけましたが、勘右衛は返事をしません。
「こりゃ 勘右衛に騙された」
と、悔やみましたが、もうそのとき勘右衛は蓑と笠を着けたまま庚申さまから逃げ出しておりました。
 天狗は、しょぼしょぼと松の木の上に登って行き、どうしたらよいかと思案にくれておりました。
 そこに村の子供たちがやって来て、松の木の上でしょんぼりとしている天狗を見つけました。
「天狗松の上ば見てろ。ほうら天狗さまが腰かけとるぞ」
「ほんどだ。まぁ 汚い天狗さまだこと」
「顔はしわだらけ、鼻は話んごて高かぞ。しかも真っ赤っか」
と、口々に冷やかして石を投げつけます。天狗は隠れ蓑と隠れ笠がないので姿は丸見えで、いたずらするどころか、石を避けるだけで精一杯です。
「もう ここには住まれん。鞍馬の大天狗さまの処に行って助けてもらおう」
と言って、とうとう鞍馬山に引っ越していきました。

         今日ん話しゃ、こいまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2005.08.07

 

 

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