唐津の民話  
 

 

 
 『かんねばなし43』  
“片目ん人”

今日は、勘右衛(かんね)どんの、片目にならした話ば、しゅうだい。
 勘右衛は伊岐佐村に用があって朝早く出かけました。
 帰りは昼前になるだろうと思って、弁当は持たずに行ったとです。
 用事が済んで、松浦川沿いに歩いて下久里の渡し場に来た頃にゃ、ひもじゅうしてたまらんごてなりました。
現在の 唐津市相知町“伊岐佐”
「何か食べ物はなかろうか」
と、思案しておりますと、ひょっこり徳武の祭りが昨日だったことを思い出しました。
「祭りの翌日だし、徳武なら何かあるかも知れん」
と、思いつき、徳武の方に回り道をしました。
 徳武の入り口に1軒の百姓屋があって、その屋敷内には野菜畑があり、女の人が働いておりました。そこで勘右衛は
「これ、これ。ここん家で飯ばご馳走になってやろう」
と、その家に入って行きました。
「よか日和ですなぁ。今さっき、ここの親爺さんと会いました。そうしたら、俺の家に寄って飯ば食べて行けと言われましてな。寄ってみました」
と、挨拶しました。すると、その嫁女は騙されたとも知らず、
「そうですか。いつもうちの人がお世話になっております」
と、お礼ば言いました。勘右衛はおかしくてたまりませんが、真面目な顔して
「いやぁ、俺の方が世話になっとります。何て言うてん、長か付き合いですけんなぁ」
と言いました。
 それで嫁女はますます本気にして、親爺さんの友達がせっかく家ば訪ねて来らしたとに、歓待もせんだったら、あとで叱られると思って、昨日の愛宕さま祭りのご馳走ば出しました。
「粗末なものですばってん、食べて下さい。昨日の祭りに来てくださると、ご馳走が沢山ありましたのに、残りもんですみません。遠慮せんで食べて下さい」
と、勧めてくれました。
 朝から何にも食べとらん勘右衛には、昨日の残りもんでも美味しく、飯を10杯も食べました。
 腹ん方が落ち着くと、勘右衛は 酒んなかと何か物足らんような気になってきました。それで
「ここん親爺さんな、祭りの酒も残っとるけん、よかったら飲んでくれと言わしたばってん、残り酒はなかですか?」
と、ずうずうしく酒の催促までしました。
「そりゃ、うっかりしとりました。すみませんな」
と、酒に燗をつけて勘右衛に勧めました。勘右衛は
「こりゃ、上出来たい。こやんよか酒は久しぶりに飲みます。こん酒はお前さんが造りましたか。酒造りの上手な嫁女を持つと幸せですなぁ」
と、ほめます。嫁女は嬉しくなって、ますます歓待しました。
ばってん、いつここの親爺さんが帰って来るか分かりません。長居はされんと思い
「食って飲んだら腹一杯になりました。親爺さんの帰らすまで、そこらあたりば歩いて来ます」
と、嘘ついてその家を飛び出しました。
現在の 唐津市“下久里”
 勘右衛が逃げたのと入れ違いに親爺さんが家に帰って来ました。
家の中を見渡せば、ご馳走が食い荒らされ、酒徳利も空になっています。不思議に思い嫁女に
「こりゃ、どやんしたつか?」
と、尋ねました。それで彼女は
「あんたの友達ちゅう人が来て、ちょっと前まで待っとらした。全然知らん人だったばってん、あんたが飯ば食べて行けと言うたと言わすけん、飯と酒ば出しました」
と、言いました。すると親爺さんは
「何て!? 俺やそやんか人は知らんぞ。お前は騙されたつぞ」
と、腹を立て嫁女を叱りつけました。
「ばってん、あんたんことばよう知っとらしたばい」
と、嫁女は嫁女で言い返しました。
「そりゃ、よっぽどずうずうしか奴ぞ。まだ、そう遠くは行っとらんだろう。捕まえて叩きのめしてやる」
と、親父さんは大変な怒りようで、嫁女の手を引いて家を飛び出しました。

 勘右衛は下久里あたりまで来て、後を振り返って見ますと、砂ぼこりを上げて走って来る二人の姿が見えました。そこで勘右衛は
「思うた通り追うち来たな。こういう時が裏町勘右衛の知恵の出しどころたい」
と、独り言を言いながら、腰に下げた手拭いで、頬被りをして片目をつぶり、片目のふりをして歩き出しました。
 二人はやっとの思いで勘右衛に追いつき、息を弾ませながら勘右衛を捕まえ
「こん横着もんが、俺の嫁に嘘ついて、盗人飯ば食いよって!!」
と、大きな声で怒鳴りました。すると勘右衛は
「何のこつや? 俺ゃ何も知らんぞ」
と、平気な顔して言いました。
「何も知らんとは言わせんぞ。横着もんにもほどがある。おい こん顔に間違いなかろう。よう見てみろ」
と、親爺は嫁女に勘右衛の顔を確かめさせました。
そこで嫁女は勘右衛の顔をよく見ました。すると片目になっております。
「こん人じゃなかごたるよ。家に来た人は両目ん開いとったもん」
と言いました。それで勘右衛は
「ほうりゃ、人違いもほどほどにせにゃいかんよ。俺ゃ生まれたときから片目ばい」
そう言って、反対に親爺さんばやりこめました。
 今まで腹を立てて、いきなり勘右衛に飛びかかった手前、やり場がなくて
「大変なこつばやってしもうた。済みませんでした。許してくだされ」
と、深々と頭を下げて謝りました。
 勘右衛は深入りしたくありませんから
「何んの、なんの。人違いと分かればそれでよか」
と、得意げに言って、早々に立ち去りました。
 親爺と嫁女は、盗人飯をされたうえに、平謝りに謝らせられ、気落ちしながらすごすごと引き返しましたとサ。

         今日ん話しゃ、こいまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2005.07.11

 

 

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