唐津の民話  
 

 

 
 『かんねばなし37』  
“鴨とり”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、鴨とりの話ば、しゅうだい。
佐志峠にある現在の“八幡溜”
 ある寒い冬の朝のことです。勘右衛は用事があって、名護屋へ行こうと朝早く起きて、佐志峠を登り、八幡溜に差しかかりました。
 その時刻になって、お天道さまが浮岳あたりに昇り始め、やっと明るくなってきました。
「昨晩はたいそう冷えたけん、八幡溜にも氷ん張っとろうな」
と、独り言を言って溜池を見ますと、あの広い溜池一面に氷が張りつめ、その氷の上で鴨がバタバタと羽ばたいておりますが、飛び立てずにいます。
 勘右衛が急いで駆け寄って見ますと、かもの足は氷に閉じ込められて飛び上がれずにいるのでした。
「こりゃ、よかとこに出会うたぞ」
と、鴨を片っぱしから捕まえ、腰の兵児帯(へこおび)に挟み込みました。
 そうして捕った鴨を数えてみますと、25羽もおりました。
 勘右衛は素手で鴨を捕まえたことは初めてです。嬉しくて嬉しくてたまりません。地を蹴るようにして道を急ぎました。

現在の“唐津城”
 捕まえられた鴨たちは、最初のうちは気を失っておりましたが、そのうち正気になって
「大変なことになった」
と、一斉に翼を動かしました。そうすると、勘右衛の体は宙に浮き上がりました。勘右衛は慌てて
「こりゃ大変だ。こらっ! やめとけ! やめとけ!!」
と、叫びましたが鴨の方も必死です。激しく羽ばたきをしますので、勘右衛は空中高く飛び上がりました。
「ええいくそ。仕方なか。なるごてなるさい」
と、さすがは勘右衛です。運を鴨にまかせて空中旅行と決めこみました。

 鴨たちは南の方へ南の方へと飛んで行きます。
 馬場野(ばんばの)には、牛たちがゆっくりゆっくりと草を食べているのが見えます。
現在の“虹の松原”
 山田村の上空に差しかかると、村の者たちが、勘右衛が鴨と一緒に飛んでいるのを見上げて、何か大声で叫んでおります。
 空の上から見ますと、松浦川が白い蛇のようにギラギラと光って、幾度も曲がりながら唐津湾に流れ込んでいます。
 唐津湾も朝日に映えて、数万の水玉の輝きに見え、海の浜には、お城が小人の城のように小さく見えます。
 空の上から見ると東の方の浮岳も低く見え、昨年登ったとき、びっしょり汗をかいたのは嘘のようです。また、虹の松原も浜の先に緑の虹を描いたようです。
 初めて空から眺める唐津の景色のすばらしさに、自分がどんな危険にさらされているかも忘れてしまうほど景色に見とれていますと、鴨たちは勘右衛にはお構いなしに、どんどん飛んで行きました。

現在の“相知町大野付近”
 千々賀(ちちか)の上を通り、徳須恵(とくすえ)川を横切って石志の上空に来たとき、村の者が大声で叫んでいるのが見えましたが、空の上の勘右衛には何を言っているのか聞こえません。
 そのうちに村の者が帯を解いて、着物を脱いで、勘右衛に
「こういう風にせんか」
と、教えている振りが見えました。それで勘右衛も
「こんままじゃどうも仕様んなか。帯を解いて鴨ば逃がそうか」
と、思いつきました。
 しかし、せっかく捕まえた鴨を逃がすのは惜しくもあり、ぐずぐずしているうちに、岸岳の上空から相知村の上空まで飛んできました。
「ええいくそ! ここらあたりで覚悟ば決めにゃ」
と、帯を解きますと、鴨は1羽2羽と勘右衛から離れ、そのつど勘右衛は下へ下へと落ちて行きました。そしてボチャーンと落ちた処が大野(ううの)の溜池でした。
 勘右衛は泳ぎを知らない金槌ですから、ガブガブ水を飲みながら、やっとの思いで岸にたどり着くことができました。
 そして土手に垂れ下がっている木の枝のようなものに掴まりました。それが実は寝ていた野うさぎの足でした。
 足を掴まれたうさぎは必死で逃げようと、前足で地面を掘りたてますので、そこにあった山芋が5、6本も掘り出されました。
 こうして、やっと土手の上に這い上がった勘右衛は、鴨は逃がしましたが野うさぎと山芋を手に入れ、喜んで小躍りしました。
 すると着物の袂が重く感じましたので手を入れてみますと、フナが30匹も入っておりました。

         今日ん話ゃ、こいまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2004.12.21

 

 

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