唐津の民話  

 

 

 
 『かんねばなし31』  
“黄金の茶釜”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、黄金(きん)の茶釜の話ば、しゅうだい。
現在の恵日寺
 勘右衛はとんちで「おさん狐」をこらしめて、おさん狐を黄金の茶釜に化けさせ、それを持って恵日寺にやって来ました。
 恵日寺は古い寺で、唐津のあたりでは格式の高い寺です。
 昔、松浦佐用姫(まつうらさよひめ)という綺麗な娘さんが、出征する大伴狭手彦(おおとものさでひこ)という将軍さんと恋をし、別れるのがつらくて、泣き明かして石になった話が伝説として伝わっていますが、その大伴狭手彦という人が、死んだ佐用姫の供養にと、新羅の国から持ってきた黄金の仏様を祀ってあるそうで、ずうっと殿様がお詣りなさる寺だそうです。
 ですから、この寺の和尚さまは、代々偉い人でした。
 勘右衛の時代の和尚さまは、たしかに偉い方ですが、骨董品を集めることが好きで、掘り出し物があると聞くと、借金をしてでも買いますので、その点は檀家の人からは文句を言われていました。

 この日も和尚さまは自慢の唐津焼の茶碗をなで回して楽しんでいました。庫裏の裏口から勘右衛がそっと入ってきて、何か用のあるそぶりをして立っております。
「誰かと思ったら勘右衛じゃなかか。こん寒か時に何の用で来たかい」
と、和尚さまが尋ねました。すると勘右衛は
「和尚さまに少しばかり相談したかことのあって来ました。ここに持って来た物を、ちょっ見てくれませんか」
と、言いながら風呂敷包みを開きました。和尚さまはススがかかった汚れ茶釜を見て
「また勘右衛の奴、ろくな物は持ってきちゃおらんだろう」
 と、思いながら、指の先を口で湿してこすってみますと、ピカピカと光る黄金の茶釜でしたので、びっくりしてしまいました。
「こりゃ黄金の茶釜じゃなかか。お前はこれをどうして持っとったかい」
と、和尚さまは、根掘り葉掘り尋ねました。
 そこで勘右衛は、恥ずかしそうにポツリポツリとその訳を話しました。
「恥ずかしいことですが、この品物は俺の家に代々伝わっている家宝の茶釜です。太閤さまが名護屋城で使わしたという話も残っとります。それが、俺に甲斐性がなかもんで、年の瀬を越せんほど借金がつもってしまいました。そこで、これを売って借金を返そうと考えました。そして、どうせ手放すなら、物の値打ちのよくお分かりの和尚さまの所がよいかと思って持って来ました」
と、時には涙を出し、鼻水をすすり上げながら話しました。ですから和尚さまも、ついつい勘右衛の話に引き込まれ
「そういう由緒のある品なら、買う値打ちがあろう。俺が買うとしよう。それで値段はいくらかね」
と、早速値段の話を持ちかけました。すると勘右衛はもじもじしながら
「300両と思っとりますが、和尚さまに譲るとですから、200両ほどでよかと思っております」
と、態度とは反対に、和尚さまがびっくりするほどの高値を言います。
「何だって? 200両? そやん高か茶釜はなかぞ。いくら上等の茶釜でん、20両はせんぞ」
と、驚きの声を出しました。しかし勘右衛は、蛙の面に小便をかけたほども動ぜず
「そうですか、仕方ありませんね。それじゃ、よそに持って行ってみましょう」
と、その茶釜を風呂敷に包み始めました。和尚さまは、そう勘右衛がすると、なおさらそれが欲しくなり
「そう言わんでんよかじゃなかか。わしが無理して200両で買うよ」
と、急いで寺中の金を集めて、その茶釜を買い取りました。

 翌日和尚さまは、よい買い物をしたと喜び、すぐに小僧さんを呼んで
「この茶釜は珍しいものじゃ、大事に磨いておくれ」
と、その茶釜を磨かせました。
 小僧さんは和尚さまの指図どおり、門前の小川で茶釜を磨き始めました。
 この黄金の茶釜は、実はおさん狐が化けたものですから、冷たい水につけられ、震え上がるほど冷たく、思わず「凍りつく!」と声を出そうとしました。
 しかし、声を出せば化けているのがばれるので、グッと辛抱しておりました。
 そのうちに小僧さんは、たわしを持って来て、釜の底をごしごしこすり始めました。
 小僧さんは、汚れを落とそうと力いっぱいこすります。こするたびに皮はすりむけ、その痛さといったら、とても我慢できるものではありませんでした。
「小僧、小僧、そろりそろりこすれ。強くこすると怪我をする」
と、小声で言いました。
 茶釜がものを言うのを聞いた小僧さんは、びっくりして、慌てて和尚さまを呼びに行きました。そうしたら、和尚さまは
「そういう馬鹿なことがあるはずはなか。お前の頭はおかしゅうなっとるぞ!」
と、小僧さんを怒鳴りつけました。しかし、小僧さんは、わなわな震えながら
「そうおっしゃっても本当ですよ。行って確かめてください」
と、和尚さまを川端に引っ張って行き、茶釜の底を再びこすり始めました。すると
「そろりそろりこすれ。強くこすると怪我をする」
と、茶釜が口をききます。それで和尚さまも驚いて
「こりゃおかしいぞ。水を入れて炉にかけてみろ」
と、言いつけました。
 庫裏の炉には具合よく火が燃えていました。小僧さんは茶釜に水を入れて、その茶釜を炉にかけました。
 真っ赤な火の上にかけられた茶釜は、もともと生き物の狐が化けたものですから、いっぺんに火傷をしてしまいました。それで、熱くて痛くてたまりません。化ける力を失い
「キャン!、キャン!」
と、叫び声を上げて、暴れながら裏の山に逃げて行きました。
 茶釜が狐になったので、和尚さまも小僧さんも腰を抜かし、わなわな震えて、言葉も出ませんでした。

 それから一刻ほどして、やっと落ち着きを取り戻した和尚さまは
「勘右衛の奴、わしを騙して、こん畜生が。坊主を騙せば七代たたるということを知らんとか」
と、腹を立てて、早速代金を取り戻さねばと考えました。ですから、衣の裾をまくりあげ、なりふりかまわずに一目散に裏町の勘右衛の家に駆けつけました。
「勘右衛、おるか、早う出て来い!!」
と、怒鳴り散らしました。すると、薄暗い家の中から、垢だらけの丹前を着た勘右衛が疲れた格好で出てきました。
「誰かと思ったら、恵日寺の和尚さまじゃありませんか。何ばそう怒っておられます?」
と、不思議そうな顔つきで言いました。和尚さまはますます腹を立て
「何もかもあるもんか。お前はわしを騙して200両も取った。早う銭を返せ!」
と、催促をしました。しかし、勘右衛は狐につままれたような顔をして
「何の話かさっぱり分かりませんバイ。よく事情を話してくだされ」
と、和尚さまに言いました。それで和尚さまも少しは落ち着きを取り戻して
「昨日の晩、黄金の茶釜と言うて、お前が持って来たろうが。それをお前が買うてくれと言うので200両で買うた。それが、狐の化けたものじゃった。さァ200両返さんか!」
と言い、勘右衛の胸ぐらをつかみました。すると、勘右衛は分別顔をして
「そりゃ俺じゃなか。俺は風邪を引いて5日前から寝たきりで、1日も家ば出たことはなか。そうすりゃ、その勘右衛も狐の化けたものに違いなか。和尚さまは狐に化かされなさったとでしょう」
と、言いながら、時々ゴホンゴホンと咳をしてみせました。勘右衛の病み疲れた顔と、この咳によって、和尚さまは
「お前の話を聞いてみれば、お前の言うことも本当のようだ。くそ! 狐から騙されて大損したバイ」
と、愚痴を言い、すごすごと寺へ帰って行きました。

         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2004.5.13

 

 

inserted by FC2 system