唐津の民話  

 

 

 
 『かんねばなし30』  
“おさん狐退治”

 今日は、勘右衛(かんね)どんの、狐ば退治さした話ば、しゅうだい。
 唐津の近くの鏡山には、勘右衛の時代には大木が沢山生えていて、狐が沢山棲みついていました。そして、狐は時々鏡山のふもとにおりて来ては、人間に化けたり、人間を化かしたりしていました。
 その中でも、百年も生きている「おさん狐」と呼ばれる古狐は、貫禄があって、頭から尻尾の先にかけて、背筋に真っ白い毛が生えているので、ほかの狐とはすぐ見分けがつきました。
 しかもこの狐は、年の功で化け方も化かし方も上手でした。そして、たいていの時は、梶原村の庄屋さまの娘の「おさん」という、綺麗な娘さんに化けて出るので、誰もが「おさん狐」と呼んでいました。
鏡山
 この「おさん狐」があまりにも悪戯をするので、鏡村の人たちは狐が出る夕暮れになると誰も家の外には出ないようになりました。
 そこで何とかせねばと村人たちは考えましたが、何しろ庄屋さまの娘に化けて出るので、間違って本物の娘をやっつけたら、大変なことになります。
 下手な手出しが出来ないのをいいことに、狐は悪戯のし放題でした。
 この話を聞いた勘右衛は 「そんな悪戯狐なら俺が退治してやる」
と、狐退治に出かけました。

 唐津のあたりでは、稲の取り入れが済む頃になると、玄海おろしという冷たい北風が、ピュー、ピュー吹きます。
 その風が一段と強くなる11月の夕方、勘右衛は何を考えたのでしょうか、右手に杖をつき、左手に鯛をさげて、盲のまねをしながら、虹の松原から鏡山に出る道を歩いていました。
 11月にはいると唐津のあたりでは、陽が佐志の山に落ちて、すぐに暗くなりますが、その頃、東の浮岳山の上の空に、星が一つ二つと輝きだします。
 田んぼで働いていた人たちも、もうすっかり姿を消し、田んぼには猫の子一匹おりません。冷たい風が勘右衛の首筋に吹き込み、寒気がゾクゾクとしてきます。
 鏡の恵日寺の鐘がゴーンと鳴り、その音が鏡山にはね返ってさらに響き渡り、あたり一面一段と寂しさが増します。そこを勘右衛は少しもこわがらず、振り向きもせず、ぽつぽつと歩いていました。

 遠い鏡山の方からは甲高い「キャーン、キャーン」という狐の鳴き声が聞こえ始めました。
「そうら、そろそろ狐のお出ましだ。用心せにゃ」
と、思いました。しかしそこは度胸のすわっている勘右衛です。狐のことは気にならぬ振りをして、砂子(すなご)と赤水の中ほどまでやって来ますと、勘右衛のあとをつける者に気づきました。
 にせ盲の目の玉を半分ほど開いてチラッと見ますと、「おさんさま」に化けた狐が、勘右衛がさげている鯛の匂いにつられてつけているのです。
 よく確かめてみますと、うまく化けたもので、本物の「おさんさま」そっくりでした。
「おさんさまが、こんな夕暮れに野道ば、通らすはずはなか。それを、今まで間違えた者は馬鹿ばい。今に見ておれ、俺がコテンコテンに叩きのめしてやるから」
と、思いましたが、そ知らぬ顔をして歩きました。するとその娘は
「もうし、どなた様かは知りませんが、ちょっと待って下され」
と、勘右衛を呼び止めました。勘右衛は立ち止まり
「娘さんのごたるが、俺に何か用け」
と、返事をしました。すると娘は
「こうも暗い晩は怖くてたまりません。連れになって下さらんか」
と、頼み込みました。すると勘右衛は「この化け狐めが」と、心の中では思いましたが
「そりゃ、おやすい御用で。俺も連れができて心強か。しかし俺は盲だから足が遅い。お前さんが先に行ってくれんか」
と、言いました。すると娘はそれを本当と思い
「それじゃ、私が先に行きましょう」
と、娘は先に立って歩き始めました。
 娘は勘右衛を本当の盲と思い込み、着物の裾から大きな尻尾を出したまま歩いているのです。

現在の恵日寺
 狐が化けるときには、木の葉を体につけ、顔を尻尾でなで、何か怪しげな呪文を唱えるそうですが、化けるのに一番苦労するのは尻尾を隠すことで、そのためにはいくら化け方の上手な狐でも疲れてしまうそうです。
 それで、この「おさん狐」は、相手が盲なら尻尾は見えんだろうと考え、その時は尻尾はそのままにして化けておりました。
 この化け娘を見た勘右衛はおかしくてたまりません。そこで、「ここで悪戯してやれ」と思い、いきなり右足で、先に歩いている狐の尻尾を力いっぱい踏みつけました。
 何しろ勘右衛は唐津あたりでは指折りの力持ちで、素人ずもうの大関でもあります。その踏みつけられたときの痛さは、骨が折れたのじゃなかろうかと思うほどの痛さでした。
 そこで「おさん狐」も化けていることを忘れ、思わず狐の声で叫ぼうとしましたが、そこは古狐です。口の先まで出かかった鳴き声をとめ
「旦那さん。済みませんが右足を放してくれませんか」
と、痛いのを我慢して頼みました。すると勘右衛は
「すみません。何か踏んだと思いましたが、俺は何を踏みつけましたか」
と、わざと知らぬ振りをして尋ねました。すると狐は自分の尻尾を踏んだとは言えませんので
「踏みつけたのは、牛の糞ですよ」
と、嘘を言いました。勘右衛は勘右衛で
「そうですか。汚いものを踏みつけましたな。それなら足を放しましょう」
と、右足を上げました。それで、狐はやっとの思いで尻尾を引っ込め、また歩き出しました。

 それから十歩も歩いた頃、今度は左足でまた狐の尻尾を踏みつけました。狐の方は
「旦那さん。私の尻尾をまた踏んでいますよ」とも言われず
「今度は左足を放してください」
と、また勘右衛に頼みました。
 こんなふうに、勘右衛に度々尻尾を踏みつけられ、狐の方ももう逃げた方がましと思いましたが、鼻の先に好物の鯛があり、その匂いがくんくんしてあきらめられず、そのまま連れ立って歩きました。
 この変な道行もそろそろ終りに近づきます。二人は赤水の碇石のところにさしかかりました。その時です。さすがの狐も
「この男に隙はないし、尻尾はますます痛くなる。好きな鯛ではあるばってん、ここらあたりが潮どき、もうあきらめんこて」と思いかけました。
 と、その時でした。勘右衛はいきなり「おさん狐」の襟首をつかみ、力いっぱい碇石に叩きつけました。
 狐はびっくりして「キャーン」と悲鳴を上げます。勘右衛は二度三度とつかんでは投げ、またつかんでは投げつけます。狐はとうとう気絶してしまいました。
 狐が動けなくなると勘右衛は声高に
「やい、おさん狐。俺を誰だと思っとる。唐津ずもうじゃ、ちょっとは名の売れている裏町の勘右衛ぞ。お前が、あんまり悪さばするけん、今日は半殺しにしてやるぞ」
と、怒鳴りつけました。やっと気を取り戻した狐は
現在の唐津市鏡
「噂は聞いていたが、この人が勘右衛とは気づかず、大失敗だ」
と、思いましたが、こうも痛めつけられては身動きもできず、生きた気はしませんでした。しかし、殺されてしまえば元も子もなくなります。
「悪戯をして済みませんでした。あなた様の言うことは何でも聞きますから、命だけは助けて下され。助けて下され」
と、泣きの涙で頼みました。
 一方、勘右衛は見事におさん狐をこらしめて、意気揚々です。
「よかろう、お前がそれほど頼むなら、助けぬでもなか。どうじゃ、黄金の茶釜に化けてみんか。そうすりゃ許さんでもなか」
と、言いました。
 狐は殺されるよりましと思いましたから、勘右衛の言うとおり、黄金の茶釜に化けました。
「こりゃ、よか茶釜じゃ。これで一儲けせんこて」
こう言って、その茶釜を風呂敷に包みました。

         今日の話は、ここまで…。
           (富岡行昌 著 「かんねばなし」より)


2004.4.8

 

 

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